こんにちは! テトルの本村拓人です!

今回は、タイ北部チェンマイにてAIDS孤児施設「バーンロムサイ」を運営している「名取美和」さんのインタビューを配信したいと思います。

「意識する」ことが最初の社会貢献の一歩。
みんなが自分のもっているお金や時間から1%を社会のために使うようになれば、と願う。
1%なら続けられるし、それらが集まって習慣になれば、相当なパワーになる。
「やり残したことがない、ということが理想」
と社会貢献の生きがいも語ってくれました。

バーンロムサイのプロジェクトを
始めた想いとは何でしょうか??

まず、私が思うのは、自分が死ぬ時に、自分の時間や、寿命、能力、財産などを、もしも持っているのであれば、使い切って死んだら気持ちいいのではないか、ということです。やり残したことがない、ということは理想だと思う。

たとえば、若い人たちに100の能力があったとして。その98を会社の為に使い、残りの2は自分の為にもっている。それが時間であれ、能力であれ、お金であれ、1%でも良いので誰かのため、社会のために使う。実際に私がこうやっていて、その方がかっこよいと思うの。

全部自分の為に、時間からお金から能力を自分のため、家族のために使っている。絶対そういう時間って必要ですよね。でも、それでも今の日本では、みなさん帰る家があり、三食たべられて、いつでも病院に行ける。そういう状況で、100の1割じゃなくて、さらにその中の1割、すなわち1%が何かの為に使えると思うのよね。

「意識する」ところから始まるのが、最初の一歩。変わらないかもしれないけど、産業廃棄物について、これ一体どうなるのかなって、これは捨てられて、一体どこにいくんだろう、と考える。そしたらそこで絶対その人ができることがあると思うのね。

小学生が1000円のおこづかいを持っていたら、100分の1の10円を何かのために使う、という意識を生活習慣の中に組み込んでしまえば、それが当たり前になる。このうちの本当に100分の1でもよいわけだけど、最終的にはそれを積み重ねて、私は自分のお金と、能力と時間を使いきって死んでいく。もう思い残すことはないじゃないですか? それが理想的だと私は思うな。

バーンロムサイのプロジェクトを進める圧倒的なやりがいとは何でしょうか?

だって!誰かがやっぱり助かるんですもの。自分の能力で、お金で、時間で、誰かが確実に助かるじゃないですか?(笑)
うち(バーンロムサイ)の子供たちが、実際に生きていける。うちにきた新しい子供が学校に行ける。給食を食べられない子供たちが、給食を食べられるようになる。もう具体的にはっきりしていますね。

現状の課題はありますか?

経済的なことを言わせていただくと、うちの子供たちが亡くなっていってしまう時とかは「本当にかわいそうね」と、寄付をして下さる方がいるんですけれど、バーンロムサイが安定期になってくると、継続して支援して下さる方が日本はなかなか少ない。気持ちとしてはすごく分かるんですよ。新潟で地震があると、やっぱりバーンロムサイはもういいからこちらにと、わりと日本人は一つの援助にしてもきっちり最後までやって下さる、ということはなかなか難しいですね。やはり支援する側も結果を目にするまで支援してほしい。

援助する時はきちっと調べて自分のものにして、本当に自分は何をしたいのか、自分は動物が好きだから動物愛護に参加したり、支援したり、途中エイズの問題へと気をとられるんじゃなくて、そこできちっと結果を見るべきだと思う。途中経過もそうだし、結果も見るべきだと思うから、そういう意識で支援を始めるほうがいいですよね。それに、きちっと過程をみて本当に自分が関わった事がどうなっていくのか、を知ることは楽しいと思うんですよ。それに受ける側としてみれば、経済的な基盤は大事だし、支援を始めた方がだんだん減っていくことも一つの課題ですね。

人材に関しての課題は、ありますか??

スタッフとかボランティアとかをやりたい人は一杯いる。ただその取っ掛かりが分からないと思うんです。どういうNPOがあって、実際どんな活動をしているのか、分かりやすいツールが世の中に存在したら、バーンロムサイだけじゃなくて、他の違った団体に参加することもできるじゃないですか? だから私はいつもボランティアをやりたい方々に「何もここだけじゃないのよ」と言いますよ。「エイズに興味を持てなかったら、他に自分が興味のあることをしてもいいんじゃない?」って。勿論エイズのことは多くの人に知ってもらいたいことだけど。

読者に伝えたいメッセージはありますか?

神戸のビームスで講演をした時に思ったのですが、来てくれている方って本当にみなさん若い。
でも、何か自分たちがやっていることに不満、何か違うんじゃないか、ということをみんな思っていて、やっぱり社会貢献をしたいと思っているんです。

だから、どうしていいか分からないと言う前に、まずはいろんな事を意識してほしい。ただ今日はとんかつ食べて、焼肉食べて、じゃあそのお肉って一体どこから来たの? というわけじゃないけど、そういう事に始まって、一つずつ意識してみて、きちっと自分が何か食べるもの、身につけるもの、手に取るものを全て1回自分のものにして見る必要があるのではないか?ということです。

それから、自分の中できちっとビジュアル化してみる。一つずつ環境の問題であれ、食の問題であれ、ストリートチルドレンの問題、ゴミの問題。そういったなんらかの犠牲の上に、自分たちが成り立っていることを意識してほしいですね。「意識して、考える」ことが最初の社会貢献の一歩だと思います。

ボランティア・社会貢献って言う前に、まずは身近なところで考えてみようよ、っていうのが私はベーシックだし、小さい子ども達だってできると思う。それは親子で話すところからも始まるし。だから、日本で見ていると、昔当たり前だったことを、ボランティアや社会貢献って言わなくてはいけない。ボランティアで掃除してますとか、昔は“市民ボランティア”じゃなくて、市民が当たり前にその辺の路地を掃除してたじゃない。介護なんていうのも隣のおばあちゃん具合悪いのなんていうとね、「今日は私がご飯作るから、私がお買い物するから」って、当たり前のようにしていたんですよね。それをわざわざもう1回言わなくちゃいけないことっておかしいと思う。でも、もう1回意識して考えることができたら、人はやさしくなれると思うのね。

私は全ての核になるものは優しさだと思うんです。優しさは愛ですから、というと嘘っぽくなってしまうんだけど、本当に大事だと思う。

最後に、尊敬する人物とかはいらっしゃいますか?

そうゆうのも私いないのよ。全部自分が一番尊敬しちゃうから。(笑)
でもなんて言えばよいのかな。尊敬ってその時その時はあの人がやっている事ってすごいなーなんて思うこともあるけど、でも私、自分で目標もってやっているから、小さいときからね、誰かを尊敬したり、目標もったりしてないんですよね。怒られそうですけどね、自分なんていったら(笑)

 

長文におつきあい頂き、ありがとうございました!
次号は、
「シブヤが大学になる?」シブヤ大学 学長 左京 泰明氏のインタビューです!

乞うご期待!

Profile
Interviewie photo

バーンロムサイ代表

名取美和 MIWA NATORI

「バーンロムサイ」(タイ王国認可財団法人・HIV感染孤児施設)代表。
タイ・チェンマイ在住

1946年
東京生まれ。16歳の時に単身ドイツに渡り、商業デザインを学ぶ。
 帰国後は、日本とヨーロッパを拠点にデザインや撮影コーディネートなど、さまざまな分野で活動。
1999年
タイへ移住し、エイズに苦しむ母子に出会い、子どもを助けたいと、同年HIV感染孤児施設「バーンロムサイ」を立ち上げる。

現在は、寄付だけに頼らず、山岳民族や、現地の感染者と協力して物販も行い、2007年3月には、鎌倉にオリジナルショップをオープンさせる。

詳しくは、www.banromsai.jp
Editor’s profile

本村拓人(もとむら たくと)

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生きるって素敵なてこと

生きるって素敵なてこと

タイHIV感染孤児たちの 「母」が 未来志向の家族を拓く。

美しいもの、自由な生き方を選び続けた強烈な個性が、鮮やかに描かれている。

残酷な立場におかれた子どもたちに対する、奉仕とは無縁の愛がある。

佐保美恵子著。

テトルとは?

プロイ

プロイ

タイのHIV感染者養護施設バーンロムサイでであった少女プロイ。やがて、著者は「父」として彼女とかかわることになる。

まず大切なことは、よく知ることでした。
・・・病気のこと。目の前にいるその人のこと。
そして、いちばん必要だったのは、自然体でいることだけでした。

信じることから生まれた、見えない絆で結ばれた写真絵本。

会田 法行/写真
会田 法行/文