こんにちは!!

テトルの本村拓人です! !

本号も引き続き渋谷区議会議員、長谷部健氏のインタビューをお送り致します。 

大きなムーブメントを仕掛けるためにはまず浮動票(どっちつかずの人達)をどのようにプロジェクトに参加させ、その虜にさせるのかが非常に重要になってくる。

グリーンバードの場合、「チャンスがあったら参加したい」人達の心をしっかりと掴んだ。ここが最大のポイントだと長谷部氏は強調する。広告畑で培ったスキルを武器に議員長谷部健だけでなく、グリーンバードのプロジェクトリーダーとして大きく貢献をし続けている。

クライアント、生活者相互のニーズを反映さえ、私たち生活者のハートをしっかりと掴み続けてくれるカリスマに心底ワクワクするのは私だけではないはずだ。

博報堂を辞められて、現在は区議会議員をやられているわけですが、色々と収入の面以前と比べて大きな差があったと思うんですが、その辺はいかがですか?

最初の浪人の半年間は、ハローワークに助けられた。あとは退職金があったから。でもその先に選挙で勝負することが決まっていたから、それが終わって、もしだめだったらまた新たに何の仕事をするか考えようって思っていた。

「グリーンバード」は、最初キャンペーンとしてスタートして、自分たちでTシャツにマークを刷ったりしてた。ちなみに、このマークもコピーライターとデザイナーと相談して作っているわけ。11月くらいから始めたんだっけな?マークが完成した年明けの頃に、代理店時代のクセで「これ企業のスポンサー取れそうだな〜」とか思い始めて。それで、ナイキのユニフォーム提供からはじまって、という感じ。

その時に、「企業とつながるなら法人格にした方がいいね」という話になって。「でも、株式会社でも有限会社でもない」と考えてた時に、NPO法人っていうのに初めて出会った。だからそれも最初からNPO法人にしようだなんて全く考えていなかった。

こんないい法人システムがあるんだと思って、お金もないから仲間が定款を一生懸命書いて、そこから始ま ったのね。そのときから掃除をやって、人を集めて、掃除をして、ポイ捨てする人を減らすっていうことをずっとやっていて。でも、それは大切でずっと変わらないことなんだよねっていうのは思う。

今では、福岡とか鎌倉までグリーンバードのチームが出来ていますよね。歌舞伎町だって毎回3,40人集まっていて。ああいう風な仕組みができたのはどうしてだと思いますか?

表参道でずっと活動していて、それを見た人達が「自分の街でやりたい」と言ってくれた。結構いろんな人から問い合わせをもらうのね。でも僕の中では簡単にフランチャイズするつもりはなくて、自分が表参道を始めたリーダーだったから、その大変さがすごくわかるのよ。ボランティアって中心になる人がすごく汗をかくんだよね。そのリーダーがちゃんとできるかどうかっていうのをまず見る。

次に“ボランティア”っていう言葉に捉われて、変に堅苦しくしないこと。6年くらい前かな?新聞であるアンケートを見たことがあって。それによると二割くらいの人は「ボランティアをやったことある」って解答していた。同じように、二割くらいは「興味無い」って言う。残りの六割がなんて答えてるかって言うと、「チャンスがあったらやってみたい」と言うのね。

だからその六割、そこをターゲットにしてやった方がいいだろうなって考えてる。ストイックにやってたり、いろいろと戦いながらやっているボランティアの先人達ってもちろん尊敬しているけれども、ああいうやり方ってやっぱり人が集まらないだろうなって思う。

とにかく一度ボランティアに来てくれたら分かるし、言葉で言ってもわからない、感じてもらうことが大切だと思うから。そのために、参加してくれた人たちに感じてもらう場をどう演出するかって考えていて、それができる人を見ている。肌感覚でこいつなら任せられるとかね。

課題といわれるものってなんですか。資金面とか。

かなり資金不足だよね。僕一回も給料もらったことないし、今は有給の職員が二人だけ。でも、かなり低賃金で働いているわけですよね。だからそこをもうちょっと補強したいと思って、2008年はもうちょっと資金を集めることを頑張ろうかなと思っている。

コストとして一番かかるのはもちろん人件費もあると思うんですけど、活動自体、たとえばゴミ袋とかはどうなさってるんですか?

それは、たとえばタワーレコードからいただいています。でもリーダーになる人に一回あたり五千円とか決めて月々ちょっとだけ手当を渡したりしている。それだけの価値があることをやっているからさ。3、40人集めて掃除したのにかかったコストは五千円。それはすごいこと。普通業者に頼んだら相当とられるわけよ。40人の人件費から。

でも、これをもっと専任でできて、大きくしていくっていう段階にもっていかなければいけないなって。周りから見えるほどそんなにイケイケでもないし、ウハウハでもない。誤解されていて、本当はそういう風になりたいんだけど、まだちょっと背伸びをしている状態。会社起こしたときもやっぱりそうでしょ。最初は背伸びするでしょ。今は実態よりも株価が高いから、早く実態が株価に追いつくような団体にしたいかな。

 

 


長谷部氏のインタビュー(第二号)は以上になります。

次号も引き続き長谷部健氏のインタビューをお送り致します。

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Profile
Interviewie photo

渋谷区議会議員

NPOグリーンバード代表

長谷部 健 hasebe ken

1972年
東京都渋谷区生まれ
1973年
1歳で青空保育「おひさまの会」に入る やんちゃし放題。日々、全裸で代々木公園を走り回る
1976年
短髪好きの祖母のお蔭で坊主頭人生のスタート
1978年
渋谷区立神宮前小学校に入学。6年間無欠席の皆勤賞。皆勤賞欲しさに風疹のまま登校し、 クラスメイト中に 風疹を伝染させ、自分は日曜日にしっかり寝て治す
1984年
渋谷区立原宿中学校に入学。バレーボール部に入り、東京の一部に名を轟かす
1987年
佼成学園高等学校に入学 高校にバレー部がなく、野球部に入部するがすぐに辞め、柔道部に転部し、黒帯を取得
1992年
専修大学商学部に入学オージーボールを始め、日本代表として海外遠征を経験
1996年
株式会社博報堂に入社 自分なりにバリバリ働く
2002年
株式会社博報堂を退職
2003年
NPO「green bird」を設立 渋谷区議会議員選挙当選 現在に至る

詳しくは→ 

【ハセベケン事務所ホームページ】http://www.hasebeken.net/

【NPO グリーンバード】http://greenbird.jp/

【シブヤ大学】http://www.shibuya-univ.net/

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シブヤを変えた男、ハセベケン。32歳で大手広告代理店をやめ、渋谷区議会議員にトップ当選! 
表参道をそうじするNPOグリーンバードの活動を基盤に、シブヤにジョーダンコートや子供の冒険遊び場、新デザインの灰皿その他を導入。スワローズやヴェルディとの提携を進め、地域通貨導入にアタックするなど、全く新しい形の政治家として活躍中。
そんなハセベケンという熱い男の生い立ち、NPOの活動の仕方、区会議員のなり方、そしてシブヤのミライを展望するビジョンと、1972年生まれ世代のもう一人のカリスマのすべてを語る一冊。イラストレーション・装丁は寄藤文平。